週刊ダイヤモンド 2001年 4月14日号
40代の転職を成功させる
「売れる人材」七つのポイント
エリートネットワーク社長 松井 隆
会社が突然倒産した。40歳を過ぎたフツーのサラリーマンは、どうするべきか。人材紹介の最前線で活躍する松井隆氏は、「売れる人材」に共通する七つのチェックポイントを挙げる。若さも将来性もない40代が新しい転身を図るためには、過去を捨て去る「覚悟」が必要だ。
大手の銀行が経営破綻した直後、人材紹介するために多くの行員に面接をしたことがある。彼らの態度は共通していた。うつろな視線で中空を見やりながら「まあ、先のことは落ち着いたら考えますよ」と言うのである。
会社が破綻し、もはや頼れる後ろ盾がなくなったにもかかわらず、あたかもその現実が把握できていないかのようだった。大手銀行というブランドがあるから、転身など容易だと甘く考えているのである。いくら頭脳が優秀だったとしても、それでは転職は不可能だ。
一方、倒産したある名門商社の場合は対照的である。プライドをかなぐり捨ててスーパーに転職して、売場に立って生き生きと働いているミドルがいる。
両者の違いは決定的だ。「世の中の役に立ちたい」という職業観の有無。「会社の看板に頼らず、自分の足で立っていく」という覚悟の有無。そして、「リスクを取って、新しい仕事に飛び込もう」という意欲の格差。どちらが転職するうえで有利なのか、改めて指摘するまでもないだろう。
大学を卒業すると、ほとんどが大企業のホワイトカラーを目指す。そのなかでスキルを身につけ、市場価値のあるサラリーマンはせいぜい10%程度だろう。たとえ会社がなくなっても、彼らにはすぐにヘッドハンターからの電話がかかってくる。
そうでないサラリーマンにとって、転職は年齢との戦いである。年収が半分になってもいい、というのならば、それなりの再就職先も見つかるだろう。だが、年収アップを狙うなら、32歳ぐらいが上限である。若さと可能性を武器には出来ない以上、40代の転職はきわめて厳しい。
では、ミドル層にはチャンスはまったくないのだろうか。そうとは言い切れない。一つの目安として、売れる人材のチェック・リストを作ってみた。順に説明しよう。
IT(情報技術)を例に挙げるまでもなく、市場や技術はめまぐるしく変っていく。スピード感がなければ、環境変化にはとうてい対応できない。思考にも行動にも、とにかく速さが要求される。
(2) 固定概念にとらわれず、柔軟な発想でビジネスを遂行できるか護送船団型のビジネスは、規制緩和とともにガラガラと崩れた。製品・サービスも、顧客も、販売手法も、これまでの慣行からはずれたポイントを狙わなければ成果を上げられない。想像力と創造性が問われる。
(3) 独自の顧客、営業手法など、自分だけの「資源」を持っているかみんなが同じ時期に、同じ作業を、同じ分量だけやって利益を上げられた「田植え」のようなビジネスは、すでに通用しない。いわば「農耕型」から、自分だけの獲物を追う「狩猟型」ビジネスに主流が移る。これまでのキャリアを振り返って、自分だけのビジネス資源を棚卸ししよう。
(4) 自ら業績に貢献するプレーヤーと、マネージャーを両立できるか個人の生産性を最大化することが要求される外資系企業では、プレーイングマネジャーとして一人二役をこなすのが当たり前だ。プレーヤーをリタイヤして、マネジメント職に本腰を入れる伝統的な日本企業スタイルに安住している向きには厳しい。
ここまでのチェックポイントはビジネスマンとしてのスキルにかかわるものだったが、転職の条件はそれだけではない。「売れる人材」になるためには、より根元的な就労観や覚悟が必要だ。
(5) 新しい転身のために腹をくくって過去を捨てられるか正確にいえば、過去の成功体験を捨て、視点を将来設計に切り替えられるか、ということだ。これまでのキャリアを生かした転職をするにしても、今はビジネスのルールが大きく変わる過渡期である。固定概念にも、過去の成功モデルにもとらわれてはいけない。10年、20年と培ってきた手法をゼロ・リセットするには、重い覚悟が必要である。
(6) 改めて「仕事を通して世の中の役に立ちたい」と思えるかこれまでの仕事を総括してみると、キャリアを積み重ねてきた分、惰性ですませてきた仕事もあったに違いない。しかし、過去を捨てるにあたっては、この思いの有無が明暗を分ける。ビジネスマンとしての意欲とモチベーションを再検討してみたい。
(7) 今までの生活コストを削減することができるかミドルの転職は、年収ダウンを覚悟しなければならないケースが多い。そのために、生活コストを再検討してみよう。
人材の流動化が進み、「スキルを身につけ、市場価値を高める」ことが、転職に成功する必要条件のようにいわれている。しかし、スキルを身につけさえすれば転職できる、と思い込んではいないだろうか。転職(中途採用)は所詮、需給のインバランスから生まれた空席を埋めるものであり、スキルを過信してはいけない。スキルが重要だ、とプレッシャーをかけられて、慌てて英語を勉強し始めたミドル世代のあなた、はっきり言ってムダです。
もちろん、英語はできないより、できたほうがいい。勉強すればTOEICで600点取ることはできるだろう。しかし、ビジネスの場で外国人と渡り合うためには、まるで力不足である。外資系企業では使いものにならない。その程度のスキルを身につけるために時間を費やすぐらいなら、積み重ねてきたビジネスキャリアを棚卸ししてみて、得意分野を伸ばすほうがいい。
私が人材ビジネスを通して痛感しているのは、バブル崩壊以降の10年でビジネスのルールが様変わりしたことに、サラリーマンがまったく対応してないことだ。政府が産業を手厚く保護してきた戦後の資本主義はバブル崩壊で第一ラウンドを終えた。その後の第二ラウンドは、「勝ち組・負け組」が厳しく隔てられる自由競争の時代になった。規制緩和がそれに拍車をかける。
当然、サラリーマンの働き方も変わる。繰り返しになるが、「農耕型」ではなく「狩猟型」、つまり個人の能力が従来にも増して、重視される。業績評価は成果主義になり、個人間で所得格差がつき始めている。だれにでもできる仕事に対する賃金は最低ラインになる。
なによりも、こうした構造転換とルール変更をはっきり自覚することが、サラリーマンに求められている。
リスクのない転職先などない。また、会社に踏みとどまったとしてもビジネス競争のルールは大きく変わってしまっている。その現実に合わせて意識を根本から変える~狩猟型人材を目ざす~ことなくして、個人が競争力を発揮することはできない。
□ スピード感
市場変化に応じたスピード感を持って思考し、行動できるか
□ 柔軟性
固定観念にとらわれず、柔軟な発想でビジネスを遂行できるか
□ 独自性
独自の顧客、独自の営業スタイルなど、自分だけの資源を持っているか
□ 複合機能
自ら業績に貢献するプレイヤーと、マネージャーを両立できるか
□ 覚悟1
新しい転身のために腹をくくって過去を捨てられるか
□ 覚悟2
改めて「仕事を通じて世の中の役に立ちたい」と思えるか
□ 私生活
今までの生活コストを削減することができるか