経営労働問題の専門実務誌
月刊経営労働 1997年11月号
本稿は、平成9年5月14日、日本プレジデント協会(JPA)研修部主催5月例会においてご講演されたものを編集委員会がまとめ、ご本人の校正を頂いて掲載いたします。
昭和20年以前に生まれた中高年の方々は「仕事があったらありがたい」と思っていたと思います。しかし、最近の若者は物にも金にも恵まれていますのでゼニカネではモチベートしにくくなっています。そこで「仕事の面白さ」と「組織人としてどう学んで行ったら先々自分のためになるか」を根幹に指導しなければなりません。今日は、私の職場で実際に体験していることをできるだけ具体的にお話させて頂きます。
1) あなたのやるべきこと、やれることは何ですか
新入社員に「なぜリクルートに入社したのですか」と問いかけますと、ほとんどの者は「リクルートが面白そうで、自分に合っているから」と答えます。そこで私は「あなたに合った会社など世の中にはないよ、今日からあなた自身が会社に合わせる努力をするんだよ」と最初にキッパリと言ってあげます。リクルートでもまたリクルートで調査した結果でも3年以内でやめていく人の理由の大半は「会社が自分に合わないから」ということです。果してその人は自分が会社に合わせる努力をしたのでしょうか。
昔ジョン・F・ケネディーが大統領就任演説で「国家が国民に何かをしてくれるかではなく、国民が国に何ができるかを考えて欲しい」と言う有名な話をしましたが、私も新入社員に「会社があなたに何かしてくれるのではない。あなたが会社に対して何ができるかを考えて欲しい」と言う話をします。
最近は新入社員でも中堅社員でも自分はこのようにやりたいからと言うことを盛んに言います。しかし、経験もない新入社員の言うことに先輩や管理職が引っ張り回されたら会社は訳が分からなくなってしまいます。そこで私は「あなたのやるべきことは何ですか」と一たん押さえて次に「貴方のやれることは何ですか」と聞き返すことにしています。ここの所をキチッと押さえておかないと「おいしい仕事」や「好まれる職種」に目が向いて、自分がやらなければいけない仕事をほったらかし、やりたい仕事をやらせてくれないと不満ばかり持つようになります。新入社員がやれる仕事などたいしてある訳はないのです。ここの所をキチンと指導して頭の中を整理してやることが最初は大切です。
2) 組織の活性化は「正しいお早うございます」から
新入社員に「正しいお早うございます」とはどういうお早うございますですかと質問すると、例え東大を卒業した者でも、私の期待している答えは返ってきません。ほとんどの人が「明るく大きな声で」とか「いきいきした声で」と言います。そこで私は社会人2、3年生までの「正しいお早うございます」とは、先輩より早く出社して、心と体と仕事の準備をして先輩が出社したら元気で明るくお早うございますと言って迎えることだと教えます。始業数分前に息せき切って駆け込んできて、お早うございますと大きな声で言ってもこれは本当のお早うございますではないよと教えます。会社で1~2時間残業することはたいしたことではありませんが、人より1時間早く出社することは大変なことです。そこで私の担当する部署では新入社員には先輩より早く出社することを1年間やらせます。これは組織と自分との関係を理解させるのに大いに役立ち、組織は活性化します。やっている仕事の中身はたいしたことがなくてもこのことをキチッと実行してくれれば、まわりの先輩に対する刺激にもなり、充分給料を支払う価値があります。
3) 仕事には業務と職務がある
新入社員に「会社に何をしに来るのですか」と質問すると、これには100%仕事をしに来ますと答えます。次に「仕事の範囲・中身は何ですか」と聞きますと、営業なら「外回りをして注文を取ってくることです」と言い、経理なら「帳簿をつけたりデータを端末に入力することです」と答えます。業務とはこのように営業なら注文をとること、経理なら帳簿をつけることというように職種によってそれぞれ異なります。新入社員達は仕事というとこの業務の分野しか念頭にありません。そこで私は、「仕事には業務と職務の二つがある。職務とはその組織に属する人全員が共通して担う役割である、ということを教えています。具体的に言うと職務とはより明るい職場を作ろう、忙しい人がいたら助け合おう、後輩が入社してきたら指導しようというように、より良い会社にするために社員全員に課せられる役割であり大切な仕事の一つなのです。そして会社は職務と業務の両方に対して給料を払っているのです。」と徹底して指導します。これを新入社員の時にキチッと教えると新入社員は会社が思っている通りに動いてくれるようになります。
よく耳にすることですが、最近の若者は運動会や慰安旅行などの会社の催し物に出席したがらないといわれます。しかしこれも新入社員の時に運動会も慰安旅行も会社の行事であり参加することは職務であり立派に仕事の内なのだと指導しておけばよいことなのではないでしょうか。
4) 1年後に後輩の指導ができるように
最近の新入社員はできたらもうチョッと学生でいられたらよかったというのが共通の思いです。
理工系の学生の4人に一人が大学院に進学する時代でもあります。このようにまだ遊びたいという気持が半分ある新入社員に対しては、入社時点で、一年後には後輩の指導をさせますよと言い渡しておきます。そうするとそこそこ準備をしておくもので、間近になって指導しろといってもなかなか上手くいくものではありません。一年間の準備が本人を成長させ、早く一人前になりたいという良い結果を生みます。
1) 一律に対応すると失敗
一時若者の製造業離れが話題になりましたが、その原因の一つは製造業の教育は極めて一律であることにありました。入社後半年座学、半年工場実習、3年目に転勤、5年目に主任試験受験というように印で押したように決まっています。そこにいくと金融、商社、出版、広告といった第3次産業では比較的本人の能力によりキャリアパスが個別に考えられています。
指導の仕方に松・竹・梅と三つのレベルを設けてどれかを選ばせると、面白いもので新入社員は一番厳しいレベルを選択するものです。結果は同じであっても最初から厳しい教育を押しつけるのではなく、本人に選択させることで自主性を伸ばすことに意味があります。
2) 明るく生き生きした顔
ある会社の社是に「にこ・はい・す」というのがあります。「にこ」はいつもにこにこ、「はい」は良い返事、「す」はすぐやるのすです。一見簡単なようですがなかなかできないものです。特にこの「にこ」(明るく生き生きした顔)がなかなかむずかしいものです。なぜなのか私なりに次の5段階に分析してみました。
第1段階から第3段階までは、明るく生き生きとした顔になりません。新入社員で頑張らなくてはと思って入社してきても(3) の段階で止まってしまうのが大半です。全社員が(5) の段階までいけば儲かってしようがない会社になるでしょう。
この5段階分析は教える側のテクニックだけでなく、教えられる側の頭の整理にもなります。一度社員の仕事に取り組む心理状態を分析してみて下さい。
3) 大阪城の火事の教訓
太閤秀吉が風の強い日に家老を集めて、「今夜は風が強い、だから火事に気をつけろ」と話しました。家老は奉行を、奉行は足軽をそれぞれ集めて、秀吉の指示を「今夜は風が強い、だから火事に気をつけろ」とその通り誤りなく伝えました。この通り秀吉の指示は誤りなく末端まで正確に伝わりました。しかし、火事が起こってしまったのです。これはなぜかというと、それぞれの立場の人間がそれぞれのレベルに合わせて具体的に火の用心の指示をしなかったからです。すなわち、家老は奉行に対して「今夜は風が強い、火事になるといけないので城に詰めているように」と指示すべきでした。そして、更に奉行は足軽に「今夜は風が強い、火事に備えていつも1回の夜回りを3回に増やし、水と砂袋を用意しておくように」と具体的に指示する必要がありました。
トップは包括的な指示でよいのですが、職位レベルが下に行くほど具体的にかつ個別に指示しなければなりません。
経営環境が厳しいから売り上げを挙げろ、挙げろと命令しても、末端の営業社員には、具体的に売り上げを挙げる策を授けなければ、掛け声だけでは売り上げは挙がりません。
4) 指導は「やさしさ」VS「厳しさ」ではなく五つの物差しで
教育・指導は怒ったり、叱ったりするよりはほめることが大切だとよく言われています。しかしどういう時に怒ったらよいのか、叱ったらよいのかは、特に新任の管理者の人などはなかなか分かりません。この点をはっきりと明確にしておくことが管理上も経営上も一本筋が通ることになり、社長の思い、管理者の思いが反映しやすくなります。私はどういうことをしたら叱るよと前もって言っておきます。それを言っておかないと、叱られても本人はなぜ叱られたのか分かりませんし、ただ何となく上司の顔色だけを伺うだけのことになってしまい業務効率が上がりません。
私は次の五つの状況・態度に対して怒ったり、叱ったりすることにしています。それは、
この五つのどれか一つでも抵触したら叱ったり、怒ったりしますが、それ以外は自由に伸び伸びとやって欲しいと思っています。
時間の関係で最後の部分は少し急ぎましたので、充分お話できなかった点もあります。私の経験からお話させて頂きました。若い人達の指導に少しでもお役に立てば幸いです。