日本ベンチャー協議会発行 『VENTURE TIMES』
2006年3月号
松井 隆氏 株式会社エリートネットワーク代表取締役
1956年滋賀県生まれ。同志社大学卒業後、(株)リクルートに入社。『とらばーゆ』『月刊ハウジング』の創刊メンバー。情報通信ネットワーク部次長、34歳でHR部門の部長就任。以後『ガテン』『週刊住宅情報』の部長職を歴任。97年、(株)エリートネットワーク設立。
団塊の世代が定年を迎え、人材不足が深刻となる2007年問題が目前に迫り、大手から中小まで人材獲得のための競争が今まさにピークを迎えている。特に新卒市場では長年新卒採用を続けてきた人気企業の一部上場ベルーナ・安野清社長をもって「今年は状況が違う。各社スタートが早くかなり厳しい」と実感させるほどの状況である。この環境の中で、成長途上のベンチャー企業は果たして“いい人材”を獲得できるのか。
「どの会社も優秀な人材が欲しいと言いますが、いい人材像というのは会社によってかなり違う。その点が明確に定義されていないのが問題です。社長がこういう人材を採用したいと言っても、常務は違う人材をイメージしていて、人事部はまた違う人物を採用しようとしていたりする。まずは自分の会社にとっての優秀な人材像を社内でディベートして整理すること。そしてそれを幹部全員で共有すること。さらにそれを言語化すること。そこがまず出発点です。それは目に見えない、インタンジブルな(無形の)概念だから、とりあえずという感じでスタートしてしまったらバラバラの方向に行ってしまうんですよ」とエリートネットワークの松井隆社長は言う。
もちろん、職種が営業系なのか、管理系なのか、技術系なのかで必要なスキルやアカデミック・バックグランドが違うのは誰しも理解できる。しかし会社にとって優秀な人材とは、それぞれの職種への適性や学んだ専攻だけによるものではない。その人間が入社後高いパフォーマンスを発揮できるかどうかは、経営者の理念に共感できているか、その会社の社風が本人の肌に合うか、働き方のスタイル(就労観)が合致しているかなど、社風や会社のカラーにしっくり馴染めるかという“相性”の部分がすごく重要なのである。採用される人物がその会社の社風や風土を心地よいと感じ、能力を存分に発揮できてこそ、その会社にとって“いい人材”という訳だ。では、その人材像をどう整理したらいいだろうか。「まずは経営者が『どういう会社を作りたいのか』という一点をはっきりさせることです。それは数字で表す業績上のビジョンではなく、会社のステージが変わっても永遠に変わらない“理念”であるべき。例えば当社の場合は『東洋的、儒教的価値観を大切にした大家族的な温かい会社を作る』というのが理念です。少しその説明をすれば、当社は決してアングロサクソン的ではなく、“競争”よりも“協力”を重視し、長幼の序、つまり先輩を重んじ、極端な成果報酬型の評価はせず、お互いが相互扶助の考えを持つ組織をつくる、という理念があるということです。
そしてその理念を、面接で応募者にきちんと説明するんです。そうすれば理念に共感する人が残り、違うと感じる人は別の会社に行く。それがスクリーニングだと思うんです。面接は企業側が選ぶものと考えるのは間違い。候補者にも選んでもらったらいいんです。仮に『とにかくお金を儲ける』という極めて資本主義的な理念でも構わないと思う。それをストレートに説明すれば、本音でお金を稼ぎたい人しか来ない。本音で理念と合致するから活躍するし、永く続くんです」。
ところが実際は会社をより良く見せようと、待遇面や昇進・昇格の話などいい話ばかりして、理念が合うか合わないかのスクリーニングを二の次にしてしまうのが、売り手市場の採用現場の傾向だと言う。
「新卒や第二新卒など、特に若い年齢の人達にいい話ばかりすると、結果的に彼らは企業の実体とはズレたイメージを抱いたまま入社してしまうことになる。「Easy come, easy go」になってしまい、定着しないんです。例えば、面接では『世の中の役に立つ会社を目指す』と言っていたのに、入社してみたら先輩を見ても社長を見ても幹部を見ても、役に立とうなんて言葉は会議の中ですら1回も出てこない。会社側はノルマ・ノルマ・ノルマ、利益・利益・利益、社員はインセンティブ・インセンティブ・インセンティブばかり追っかけている。本気で『世の中の役に立つ仕事をしたい』という思いで入った人には合わないじゃないですか。もしくは、戦力になる前にやめてしまう。それはものすごく無駄なことなんです。だったら、最初からインセンティブを追い求めて稼ぎたい人が来てくれた方が、会社にとっても好ましいはずでしょう」。
人材の採用に理念の共感が重要なのはよくわかる。しかし、激しい変化の中で勝ち上がるためにスピード経営が求められるベンチャー企業にとって、理念よりも具体的なスキルや経験などスペックを優先して採用するという選択もあるのではないだろうか。
「もちろんスペックも重要です。採用はスペックと人柄と両方ですから。ではどちらを重視するべきか。仮に40~50人の会社の拡大期に、スペックがマッチする新卒者ばかり10人応募に来たとします。でも人柄はイマイチ。一方でスペックはイマイチなんだけど、人柄がぴたっと合う人が20人来た。長い目で見てどちらがうまくゆくかということなんです。言い換えれば、人柄は良くないけど実務ができる人の人柄を変える方が楽か、人柄は良いけれど実務ができない人に仕事を教え込む方が楽か。これは明らかに後者なんです。案外この点が忘れ去られるんです。だから社風が悪くなるんです。ベンチャーは100人未満ぐらいの規模の時には、とにかく良い社風を作ったら企業全体に勢いが付き、加速度が加わり勝つんです。そして良い社風の核になっている人がまた、いい親がいい子を産み、いい子がいい孫を育てるように、そういうタイプの人材を魅きつけ集めてくれるんです」。
では現在のように人材を集めづらい環境の中で、本当にそれぞれの企業にマッチした“いい人材”と出会うことが果たしてできるのだろうか。特に新卒者においては、有名企業に人材を奪われてしまわないか。
「確かに大企業のネームバリューは、一時接触で学生を惹き付ける力があります。ところが大企業の1次面接では、担当者や先輩社員が対応することが一般的であります。極めて魅力的な候補者に出会っても、彼らの立場と権限では即断即決で“内定”を出すことは不可能なんです。だからベンチャー企業にもチャンスはある。確かに何割かの学生は、ハナから大企業に入りたいと思い込んでいるからそのまま就職するでしょう。でもひと通り大企業を回って、どこか違うな?と思った学生が、ベンチャー企業の面接にぽつりぽつり来るんです。そこでベンチャー企業の一連の面接が効果的であれば、十分勝算がある。そのときに会社が社長を中心に、経営陣、人事部長、リクルーターと、理念が同心円状に共有されていて、その理念をきちんと学生に伝えられる人が面接官であれば、学生はおのずとその会社の本質を感じ取ってくれる。そして合う・合わないを、候補者もフィルタリングしてくれる。合うと思った人はかなりの比率で残ってくれますよ」。
間違えてはいけないのは、企業側が、『採ってやる』『雇ってやる』という自分サイドの観点で採用活動を行なわないこと。面接とは、企業と個人の出会いの場であり、双方が満足するものでなければ入社には至らない。エリートネットワークは『信頼出来る人を信頼出来る企業に紹介する』という経営方針を持ってカウンセラーが転職希望者一人一人とじっくりと面談を行い、その人の考え方や職業感に合致した理念や就業環境を持った企業へと引き合わせるのである。人材紹介業界における同社の高い評価は、その考えが正しいことを証明している。
一、“いい人材像”を整理・共有・言語化・文章化する
二、『どういう会社を作りたいか』の理念を明確にする
三、“理念”を同心円状に共有する
四、“理念”を応募者にきちんと伝える
五、良い社風づくりに注力する