面接に同席する事がしばしばある。スペックや条件によるマッチングはコンピュータでも出来るだろうが、どんなタイプで、どういう就労観や価値観を持った人材がその企業に合うのかは、なかなか見究めるのは難しい。面接の場は、特にオーナー企業の社長が行う面接はそれが明確になる事が多いが、先日のA社の社長面接は印象深いものであった。
A社は、印刷業界の中堅企業。父上が創業された紙の分野の町工場を現社長が大型印刷分野で国内シェア40%強、売上高経常利益率は2ケタ近い優良企業に育て上げた。「技術屋」である社長は印刷機械メーカーに特別な注文を出し、時には自ら機械に手を加えることによって、日本であるいは世界でもここにしかない印刷機械設備を持っている。親族は一人も会社にはいない。勿論継がせる気もない。「だって会社は社員のものじゃないか」が口グセである。
順風満帆に見える同社にも悩みはあった。圧倒的シェアを誇る大型印刷の市場は飽和状態に近づいて来た。限られたパイの中で他社のシェアを奪うことは利益率の低下をもたらすだけでなく、業界全体の発展にも寄与しない。第二の柱を育てなければ・・・・・
そこで数年前から取り組み始めたのが3D。光学的に精致に計算された絵柄の紙に特殊なフィルムを貼り付け、光の屈折を利用し見る角度によって最高10通りの様々な見え方を現出するものである。
ただ原理は分かっても、どうやったら品質の安定したフィルムを作る事ができるのか?社内の人材だけでは限界がある。研究開発設備から量産化に至る道筋をつける専門家がどうしても欲しい。だがこの企業にそんな高度な専門家が来てくれるのか。そもそもそんな人材はどこにいるのか。たとえ見つけてミーティングの場ができたとしても、どうやったらA社に興味を持って入社してもらえるのか。社長の依頼はかなりの難易度だった。
社長から依頼を受けて数日後。あるエンジニアB氏のカウンセリングに臨んだ。40代、難関私立大学理工学部の大学院を修了し、日本を代表する大手電機メーカーで液晶の開発一筋の道を歩み、学会の設立にも尽力。その分野では知る人ぞ知る第一人者であった。直近の数年間は人材育成に興味を抱き、経営コンサルタントとして活躍しておられたが、もう1度事業会社で自らの技術者としての経験を活かし、具体的な物づくりという形で社会に貢献したいと弊社にご相談にお見え頂いた。
文系の筆者は技術的な細部は、全くの門外漢。ただ醸し出す雰囲気から第1級のエンジニアであることは伺い知れた。B氏の転職の動きを聞きつけた海外の大手液晶メーカーは破格の年俸(2000万超)でオファーを出そうとしていること、別の海外メーカーも話をしたいと言ってきている等、一見私共カウンセラーの出る幕はないかに見えたが、ご本人はどの話もしっくりこないと言う。どちらに行ってもやることは過去の経験の範囲内と決まっている。果たしてそれが事業会社に復帰する自分の本当にやりたいことなのか・・・・・。
私はビビビッと来た。そして、A社のことを説明してみた。名も無い町工場を現社長が業界ではかなり名の知れた会社に育て上げたこと。それも自分たちの創業工夫で他社と差別化した結果であること。オーナー企業でありながら、社長が会社を全く私物化せず、会社は社員の物だと公言してはばからないこと。第二の柱を育てようとしていること。研究・開発の面では試行錯誤し、壁にぶち当たっていること。今、高度な専門家が必要なことetc。すると、意外な言葉が返ってきた。
「面白そうじゃないですか」
「でも、着任当初の年収は海外メーカーの半分も出ませんよ」
「構いません。是非社長とお会いしてみたい」
早速、A社社長にご推薦。翌週社長面接と相成った。
面接場所は当社カウンセリングルーム。本社が東京以外にある為応募者の足の便を考慮し、また、経営幹部の採用は社長の専管事項なのでよくご利用して下さる。
社長を先にカウンセリングルームにご案内し、次いでB氏と共に入室。互いに名乗り合い着席すると、社長が会社の説明を始めた。元来「技術屋」である為、話はあまりお得意ではない。あっちぶつかり、こっちぶつかり、時には詰まって筆者が僭越ながら助け船を出す場面もあったが、B氏は始終穏やかな表情で聴き入っておられた。一通り話し終え、最後に「ウチに来てもらえますか!」と社長。
B氏は一旦姿勢を改め、まっすぐに社長の目を見て「私でよければ是非お世話になりたいです」とはっきりした口調で返答。その後は新規事業3Dの研究開発の話題で大盛り上がり。
実質的な創業社長と一流の技術者。お互いに相手に敬意を払い、自らの経験や持てる技術や知識を出し合い、より良いものを、より高みを目指そうとする2人の会話は言葉に力があり、美しくさえあった。筆者は時たま相づちを打つのがやっとで、ただニコニコしながらその光景を見遣るばかりであった。
B氏は程なくA社に入社し、研究開発室長を務めている。着任してまだ間もないが、それまでの何十倍ものスピードで研究開発が進み、その動きに刺激されて製造部門もそして営業部までもバリバリ仕事し始めたとの事。
カウンセラーとしても嬉しい限りです。