一部上場 コーヒーチェーン本部 店舗開発
ベンチャーの不動産デベロッパー 個人向け営業職
医療法人 新規クリニックの開設・出店担当
平岡 翔 氏 29歳 / 男性
学歴:神奈川大学 工学部 建築学科卒
大学時代は趣味のスノーボードに没頭し、学業はおろか就職活動さえもまともに行なっておらず、内定が貰えたのは卒業式の翌日でした。
大学4年の3月から始めた就職活動でもあり、当時まだ募集を行っていた創立3年目の不動産デベロッパーへ何となくの気持ちで就職しました。
面接時は設計部への配属ということでしたが、蓋を開けてみると営業部への配属。周りの話を聞いても、初めは現場を経験する意味でも営業部に配属することは多々あるとのことだったので、気にも留めず半年間を過ごしていました。また、自分の趣味を捨てることも出来ずに、1年を目途に辞めようといった軽い気持ちで過ごしていました。
当然、営業職として結果は出ず、12月の時点で契約1本。それも何とか上司に決めてもらったものでした。
しかし、何がきっかけなのか未だに分からない部分はありますが、1月以降契約が挙がり出し、気付けばちょうど2年目に入る4月に主任へ昇格。
同期は、厳しい体育会系の会社だったこともあり、ほとんどが辞めていました。
主任へ昇格したことで少し天狗になっていたこともあり、その後はまた売れない営業職となり、厳しい時期を過ごしました。1年後にはヒラ社員へ降格しましたが、半年後に再び主任へ再昇格。その再昇格のきっかけになったのが、“気持ちを入れて仕事をする” ということでした。電話営業ですので当然相手は全力で断ろうとしてきます。こちらも全力で気持ちを入れ接しないと結果には結びつかないということを学ぶことが出来ました。
体育会系の非常に厳しい会社で、就業時間や休みなど関係なく、結果が出ない月は肉体的にも精神的にも追い詰められるような、いわゆるブラック企業と呼ばれる会社でした。
その中でも “仕事をする上でしっかりと気持ちを入れていく”、“自分の仕事にしっかりと向き合っていく” といったことなど、仕事をして行く上での基礎は作って貰ったのかなと思っています。
就職して5年目に差し掛かる頃に、縁あって結婚することになりました。地方へ営業に行き、自宅に帰ってくるのは週に1日だけという生活を5年間行ってきましたが、結婚後も常に出張で家に帰れないということ、また、営業対象者は独身の男性のみという少し偏った部門でもあったため、今後に不安を覚えて転職を考えるようになりました。また、家庭を持つにあたって、毎月業績に応じて変動する給与に対する不安もありました。
しかし、いざ転職活動と言っても何をして良いのかも分からず、休みもほとんど無かったので、だらだらと月日だけが過ぎていきました。
そんな時、妻の仕事関係の方の紹介で医療法人が営業経験者を探しているという話を聞き、「堅い」 「安定」 といったイメージで飛びついてしまいました。
不動産の営業職から医療法人営業職へと、全く違う業界への転職でしたが、周りの職員にも恵まれ、何とか板についてきました。転職して早々に、給与が上がらない法人だなと気付いていましたが、今後のことも考えて5年は我慢して人脈を作り、その後の展開を考えて行こうと思っていました。
現職に就いて1年半が経ち、独自の人脈もでき始めていた時、妻の妊娠が発覚。その翌日に診療報酬が大幅に下がることが厚生労働省から発表されました。
法人の収益は大幅に下がることが予想され、規模縮小・人件費の削減が提示されました。実際に採算の悪いクリニックを閉院し、スタッフも削減されました。そして、私自身も給与の20%カットが告げられました。
住宅ローンも抱えていましたし、家族が1人増える中で減額された給与では生活できないことが明確であり、再び転職を決意しました。
時間もなく特別なスキルや技術もない中で、必要な給与も考慮して、過去に経験のある不動産会社への転職活動を始めました。大手転職サイトへ登録し、系列会社のコンサルタントとも会って話をしましたが、企業をピックアップしてくれたのは初めだけで、その後は 「医療」 や 「営業」 といった言葉から自動的にピックアップされた、希望とは程遠い的外れな求人情報が自動的にメールで届くだけでした。
そんな中、何とか自力で転職サイトからある会社を探し出し、面接を受けました。前職の不動産会社がそれなりに (体育会系の厳しい企業という) 名前が通っており、そこで5年やってきたことなどが評価され、あっさりと内定を貰うことが出来ました。
勤務先に退職の旨を告げると、2ヶ月待って欲しいと言われました。給与に関しても、有給買取りをしてくれるとのことだったので、少し転職まで時間的猶予を作ることが出来ました。
“今後どうやって生活をしていくのか”、“どんな仕事に就きたいのか” と改めて考える時間を持てたことが、今回(株)エリートネットワークさんへ伺うきっかけとなりました。
現職の医療法人では、新規のクリニックを開設していくことを業務の柱として行なっておりますが、楽しみややり甲斐、難しさもあり、非常に興味をそそられる仕事だと思っていました。
飲食業界やサービス業の中には、企業内で独自に店舗を開発していく部署があることを知り、是非、店舗開発を行いたいと思って転職活動を再開することにしました。
しかし、転職サイトにも数が少なく、見付けても経験年数3年以上などの条件があり、応募すら出来ない状況の中、ポータルサイトにて(株)エリートネットワークさんがいくつか店舗開発の求人案件を持っていることが分かり、登録してみることにしました。
以前お会いした他社のコンサルタントのこともあり、正直なところ、初めは直接会う意味も良く分からないままでした。私としては応募できる企業を紹介してくれれば良いと思っていただけでした。
しかし、今回、実際に転職カウンセラーの小中出さんとお会いして、非常に心強く、また、面接対策なども含め良きパートナーとなって頂けました。
そして、結果的に、1番初めに紹介して頂いた企業にてご縁を頂くことが出来ました。
私自身、(多くの諸先輩方から比較すると、まだまだ未熟者ではありますが、) 営業職としてやってきた自負は少なからずありましたし、面接自体もその場その場で臨機応変に対応していけば何とかなると思っていました。企業情報や志望理由などを 「ある程度」 事前に考えておけば、売るものがただ “自分自身” に変わるだけ、程度の感覚でした。
初めは志望理由など面接で聞かれることを文章として起こすこと、マニュアル化をすることに対して抵抗があり、多少反発もしました。就業中で時間を割くのが大変でしたし、営業職だから出たとこ勝負で話すことに関しては慣れており、何とかなると思っていました。
しかし、実際自分の事となると上手く話せず、新卒の入社から退職・転職に至るまで 「なんとなく」 で行ってきた私は、話が纏まらず、上手く相手に伝えることが出来ませんでした。
“志望理由や退職理由を文章として起こすこと”、“IR情報からの企業分析や面接対策” など、自分ひとりでは到底やらなかったことが、今回の内定に繋がった大きな要因であったと思います。
前職の不動産業界の経験からか “気持ちで話せば内定は貰える” と本気で思っていた私に 「理屈」 という武器を付けて頂けたことで、自分一人で転職活動を行っていた時とは異なり、面接時の緊張感も薄れ、面接官に対しても良好なコミュニケーションをとることが出来、自分の思いや考えをよりストレートに伝えられたと思います。
私自身、中途採用では即戦力が求められていることは理解していましたし、実際、求人情報を見てもやはり即戦力を求めているものばかりでした。
そんな中、未経験の私が結果的に一部上場の大手企業の面接に漕ぎ着けたこと、そして内定が貰えたことの裏には、少なからず私の知らないところで転職カウンセラーの小中出さんのお力添えがあったからだと感謝しています。
また、転職にあたり、給与面の交渉や不安点なども積極的にサポートしてもらえたこと、面接の中では聞き辛い質問を人事部へ直接聞いてもらったことなども、非常に心強かったです。
末筆にはなりますが、(株)エリートネットワークさんに登録し、当初予期していなかった一部上場企業への転職を支援して下さったこと、夜遅い時間まで面接対策をしてくださったこと、その他諸々のご尽力をして下さった小中出さんには本当に感謝しています。
次回の転職も是非お願いしたいという思いですが、次はお世話にならないよう新たな職場で頑張り続けて行こうと思います。