東証一部上場 株式会社日本M&Aセンター M&Aアドバイザー
四大監査法人 公認会計士 法定監査業務
梅田 強 氏 27歳 / 男性
学歴:明治学院大学 経済学部 経営学科 卒
公認会計士試験合格者
私は学生時代、一貫して陸上競技に打ち込んでいました。大学までずっと推薦で、受験をしたことがありませんでした。そういった背景もあり、受験戦争を突破し大企業に入り、エリートコースを歩もうという意識もそれほどありませんでした。
しかし大学の就職活動の時期になり、周囲は一気に就職活動ムードになりました。
「あの業界はこれから熱いらしい、この会社は福利厚生がしっかりしている」 などという会話が目立つようになりました。私もそろそろ 「就職活動をしようかな?」 そう考えるようになりました。しかし、「このまま、大学生活4年間の中で、最後の数ヶ月という短期間で就職活動をして、65歳の定年まで働き続ける会社を決めることは安易だな、もっと苦労して入った会社で働きたいな」 と漠然と考えるようになりました。
では、何をするか? 私は高校時代、商業科だったということもあり、少なからず簿記の知識がありました。その時の先生が、「公認会計士はすごく収入がいい」 と言っていたのを思い出し、「難しそうだけど、収入も良さそうだし、選択肢も広がりそうだな」 と深く考えないまま、次の日には、予備校の公認会計士講座に申し込みました。周囲からは新卒という特権を捨てて資格勉強なんてリスキーだ、という声もありましたが、「まあ、追い込まれたほうが勉強にも身が入るし、いいだろう」 と思っていました。幸いにもある程度の簿記の知識はあったので、勉強を始めて2年という期間で合格しました。もちろん2年間は1日10時間以上の猛勉強を毎日、365日中360日続け、携帯も解約し、勉強のことしか考えない生活を送りました。
会計士試験にも受かり、実務経験を積むためにもほとんどの合格者は監査法人に就職します。
私もその中の一人で、4大監査法人のひとつに就職しました。その時は、「このまま監査法人でずっと働いて、パートナーを目標にがんばっていくんだな」 と考えていました。
私が配属されたチームは、法人の中で最も忙しいチームでした、そもそもこの法人に入ったのも、「あの監査法人の、あのチームは4大監査法人の中で一番激務だ」 というのを聞いたからです。私は、ワーク・ライフバランスよりも20代は死ぬほど働きたい、と思っていたので迷わずその法人を選びました。
入ってみると、確かに激務でした。監査業界は1年を通して忙しい時期と、閑散期に分けられるのですが、私が所属していたチームはクラインアントが大規模で、且つグローバルに展開しているということもあり、社内に案件がごろごろあり1年中忙しいという状況でした。まさに、私が望んだ環境でした。
私は、とにかく仕事を振られたらどんな仕事でも喜んで引き受けました。そういうスタンスを守っているうちに、「梅田はどんな仕事でも断らない、次はもっと大きな仕事を依頼しよう」 と思われるようになると考えていました。引き受けた仕事を、確実に、且つスピーディーにこなすことを心がけました。そのうち、同じチームのチームリーダーの方から、多くの仕事を振ってもらえるようになりました。確かに業務量は多く、大変でしたが、それ以上にものすごいスピードで実務経験を積めていることにとてもやり甲斐を感じていました。
しかし、転職を決める半年くらい前から、業界全体として労働環境の管理を徹底するという風潮になり、残業時間の規制や、PCは23時以降使用できないという仕組みが導入され、「ワークライフ・バランス」 が提唱されるようになりました。しかし、私の価値観として20代のうちは、ワーク・ライフバランスは正直どうでもよく、ワークのみで良いという考えがあり、たくさん社内で仕事を取って来て、それだけの収入を得るということにやり甲斐を感じていました。ですので、業界のそのような風潮は私にとって窮屈だと感じるようになりました。
また、監査業界全体の風潮として、監査の品質の向上が求められるようになりました。最初は監査の品質を向上させるのは、監査人としての使命であり、重要なことだと考えていました。
しかし、法人が提唱する監査の品質の向上と、現場レベルでのそれは乖離していました。
監査の品質の向上と言うと、今までよりも関与先でのヒアリングの時間が増えたり、クライアントへ今まで以上に切り込んでいくことを想定していたのですが、実際には、ドキュメントの量が増え、形式的な作業が増えるばかりでした。そういった監査業務の内容についても、私が思い描いていたものと乖離していきました。
そのような状況も踏まえ、自分の価値観と現在の職場にギャップが出てきたため、次第に転職を考えるようになりました。
転職活動において、右も左も分からない中、とりあえず大手の転職サイトに登録し、カウンセリングも何回か受けました。何社か紹介されたのですが、正直ピンとくるものがなく、このまま特に決め手がないまま続くのかなと考え始めていました。
そのような状況の中で、同じチームの先輩から 「この間、日本M&Aセンターていう会社の説明会に参加したんだけど、話を聞いていると梅田の顔が浮かんだよ」 と言われました。私は、すぐにネットで検索しました。ネットを見てみると、M&Aの仲介、法人営業、成果主義、高収入、クライアントから本当に感謝される、というキーワードに目が釘付けになりました。私は、直感的に合いそうだと思い、すぐさま 「日本M&Aセンター 、転職」 と調べました。そこで最初にヒットしたのが 「エリートネットワーク」 という人材紹介会社でした。すぐに登録し、杉本様と会うことになりました。
転職については、ネットでたまに調べる程度でしたし、新卒で就職活動もしたことがないため、ずぶの素人でした。緊張してカウンセリング室で待っていると、眼鏡をかけた、一見無愛想そうな男性が入ってきました。それが杉本さんでした。最初は、「少し、怖そうな人だな・・・・・・・何を言われるんだろ?、スキルが足りないとか突っ込まれるんだろうな・・・・・」 と構えていました。しかし、カウンセリングが始まると本当によくしゃべるざっくばらんな人でした (笑)。
杉本様は、私のこれまでの生い立ちから、学生時代の経験、どういう性格か、今の仕事での不満や悩みを、ドンドン引き出して聞いてくれました。私は 「あれ? いつになったら会社を紹介してくれるんだろ・・・・・? 笑」 と最初は思いましたが、話しているうちに、どんどん今の自分の悩みや不安が出てきて、今後どういうビジネスマンになりたいか。ということを杉本様に引き出されていました。杉本様は私のパーソナリティーを徹底的に理解しようとしてくれていたのです。それまで、他の大手転職サイトにも登録し、ヒアリングも受けてきましたが、自分のパーソナリティーについて3時間も聞いてくれたのは、杉本様が初めてでした。ほかの転職サイトだと、求人は毎日のように大量に来るのですが、どれも私のニーズとは合っていないもので、すべて読み飛ばしていました。しかし杉本様の場合は、まず私という人間の理解に、多くの時間を割いてくれ、この人なら、本当に私のニーズに合った会社を見極めてくれるという大きな安心感が芽生えました。
杉本様との話合いの結果、私のニーズとして、成果が明確である、競争環境で働きたい・その成果に見合った報酬を得たい・何かのデータをPCと向き合いながら分析するよりも、泥臭く、行動力が必要とされる仕事がしたい。
そこで、私は最初から気になっていた 「日本M&Aセンター」 という会社について、ここはどうでしょう? と杉本様に聞きました。杉本様は、そこの会社を説明してくれました。聞いていて、出てくる情報の具体性に驚きました。他のエージェントでも同じ会社についての説明は聞いていたのですが、それでも組織の大枠の情報が中心です。しかし、杉本様は、「あー、あそこの○○さんね、」 と会社に勤めている人の個人名まで出てきます。知識の深さが、他のエージェントのそれとは格段に違いました。そこまで会社を理解している杉本様に 「合っていると思う」 と言われ、私は迷いなく 「日本M&Aセンター」 の採用を受けることにしました。
「日本M&Aセンター」 は、M&Aの仲介という、クライアントにとってビックイベントに携われる業務であること、自分で法人営業をし案件を獲得してきて最後はその案件のクローズまでの全てを一気通貫で担当できることに仕事の “おもしろさ” を感じました。
また、成果主義の環境で、青天井のインセンティブということもあり、モチベーションを向上させる報酬体系がしっかりしている会社であること、社長が求める人材として、本質的にハングリーな人物という点で自分に合っていると思い決めました。
私は、面接に向けとことん準備しました。まず社長や、部長が著者である本を、すべてネットで取り寄せ、読み込み、会社のことを徹底して頭に入れました。また、面接に備えて自分のパーソナリティーを相手に漏れなく伝えられるよう、徹底的に自己分析をしました。面接で質問されそうな事項を想定し、杉本様に事前に添削してもらったりもしました。
選考を進めるにあたって、一番の懸念だったのが、私に営業経験がないことです。私が、希望している職種は公認会計士として、バックオフィスで企業評価や、株価の算定を行う部隊ではなく、公認会計士という資格が全く関係ない法人営業職 (M&Aコンサルタント) を希望していました。
そんな不安も、杉本様から、「梅田さんは、営業の経験はないかもしれませんが、私も梅田さんは、営業に向いていると思う、そして何よりハングリーだから。それを私に伝えたように、先方の面接官の方にも、ありのままを伝えれば、きっといい結果につながる」 とアドバイスを受けることで、私は安心しました。それは、何より杉本様が私という人物の本質を理解してくれている、という絶対的な信頼があったからです。
採用過程の中で、3回面接がありました。面接前にはいつも、杉本様から 「作戦」 が伝えられました。まず、「1次の面接官の人は、マラソンが好きだから梅田さんの長距離の経験でうまく話しが盛り上がればいいかも、体力があって熱い人間であることを分かってもらおう」、「なぜ、会計士なのに営業職なの? という点は絶対聞かれる筈だから、そこはしっかり自分の考えを言えるように」 と言われました。杉本様に教えてもらったとおり1次の方から、「なぜ会計士なのに営業なの? バックオフィスじゃないの?」 と全く同じ質問が来ました、その質問についてもしっかり準備していたので、慌てずに答えることができました。また、長距距離走の話で盛り上がり、体力があることも知ってもらえました。そのため二次面接の面接官の方も、私と相性が良さそうな人をセッティングしてもらうという、配慮もしていただけました。
最終面接は、社長へのプレゼンでした。私は監査法人という職場で働いていたこともあり、プレゼンの経験は、社内を含め全くありませんでした。おそらく営業職の経験があれば、何度かプレゼンを業務の中で行ったことがあるのだと思います。この会社の選考を受ける人のほとんどが営業マンという中で、そのような経験が皆無の私にとっては圧倒的に不利に感じました。
しかし、その経験不足を補うためには、徹底的に準備をするしかありませんでした。ずっと転職の相談をしていた同期にもチェックしてもらい台本の作成をしました。また、プレゼンに関する本を買って読み込みました。加えて実際に人前でプレゼンをやってみないことには始まらないと考え、できるだけ多くの人にプレゼンを聞いてもらいました。中には、経営者の友人ということもあり、自身の会社の会議室を開放してくれ、そこでプレゼンを実際に行いました。自分ができる範囲で、徹底して準備した甲斐もあり、社長からは、「よく準備されている」 というお言葉を頂くことができました。
事前に杉本様から受けた 「社長は、そんなに、創業者風情を前面に出すような威圧的な方ではなく、営業部門のトップというような気さくなお人柄だから、梅田さんもそんなに固くなる必要もない」 というアドバイス通り、本番では、社長が率先して場の固い雰囲気を、ほぐしてくれていました。
こうして、杉本様の的確なアドバイスと、周囲の協力により、自分が希望して転職活動を続けた第一志望の会社から内定をいただくことができました。
私が今回転職活動を通じて気づいたことは、「希望する会社について、徹底的に調べ、誰よりも熱い気持ちで臨むこと」 が重要だということです。
私は、今回の転職活動に当たっては、1社に絞ってそこしか受けていないということもあり、その1社への想いは誰よりも強く持ち、自分でできる範囲で最大限の準備をしました。むしろ、今後のビジネスマンとしてのキャリア、ひいては自分の人生を左右するビックイベントに関して、とことん準備しない理由はありませんでした。活動期間で言えば1ヶ月半です。この短期間で一気に集中し、結果を残すことで、自分の今後何十年の人生を決めるのであれは、非常に短い期間です。その短い期間に人生を賭けた大勝負をするのですから、本気になれない訳がありません。
また、そのようなマインドに導いていってくれたのは、杉本様と出会えたからです。私は、昔から人についている、と感じています。どれだけ計算しても、どれだけお金を払っても、人との出会いは操作できません。今回も、日本に何千人もいる転職エージェントの中から杉本様に出会えたことは私にとって幸運でした。杉本様は、私の気持ちを見透かしたように、ここぞというタイミングで、痒いところに手が届くような言葉をかけてくれました。それができたのも、何時間もかけて私という人間を深く理解してくれた杉本様だったからだと感じます。不安になる時でも、杉本様からのアドバイスで、メンタルを強く保てたと感じています。
私は次の職場で恩返しをしないといけません。営業未経験にも拘わらず、私の可能性に賭けて採用してくれた社長や、営業部長、人事の方。人材採用という何億もの投資を私にしてくれた分、そのコスト以上の結果を残すことで、「採用して良かった」 と思わせなければいけません。
また、サポートしてくれた杉本様や、今まで育ててくれた監査法人にも、次の職場で結果を残すことで、期待に応えなければなりません。
結果を残すことが何よりの恩返しだと考えます。
私が次に働くのは、法人営業職です。これまで全く未経験の職種で働くということなので、本当に中途入社ではなく新卒という気持ちで、愚直に、素直に、野心を持って勉強に励んでいこうと思います。
自分は泥臭く、努力することしかできませんので、次の職場でも熱い気持ちを持って全力で頑張っていきます。