東証1部上場 総合商社 総合職 自社内研究所配属
霞が関 経済官庁 国家公務員 総合職(旧・国家公務員Ⅰ種)
坂崎 宏太 氏 34歳 / 男性
学歴:東京大学 法学部 卒
MPA (Master of Public Administration) 取得
『転職体験記』を書くべきかどうか、大変迷いました。苦楽を共にした多くの仲間が働いている国家公務員の世界に砂をかけることになりはしないかと危惧していたからです。
ただ、お世話になった転職カウンセラーの高橋さんからの依頼だったこと、そして、ここに自分の素直な気持ちを記しておくことで、国家公務員からの転職を真剣に検討している人たちが、冷静に判断をする一助になるかもしれないと思い、筆をとりました。
田舎に生まれ、両親が地方公務員という環境で育った私には、子供のころから公のために働きたい、という漠然とした思いがありました。もちろん、民間企業で働くことも、公のためになっていると思いますが、それでも、民間企業で働く以上は、自社の利益の最大化が優先される場面が多くあるであろうと考えていました。
そのまま、民間への就職活動は行わず、国家公務員試験を受け、自由でフットワークの軽い人が多い印象があった経済官庁が自分の志向とマッチすると考え、志望したところ、運良く採用していただきました。
入省してみると、国内案件のみならず、国際案件も、また、予算要求、執行のみならず、新たな制度の企画立案、国際交渉まで、非常に幅広い案件に携わらせていただきました。どれもやりがいのある、重要な仕事だったと思っています。その分、入省してから8年目くらいまでは、本当に忙しいポストを回ることが多く、月の残業時間が200時間を超えることもざらにありました。しかしそれは、任せられた仕事を責任をもってこなすために一生懸命取り組んだ結果でしたし、当時は、同僚の多くもそういった働き方をしていました。
今でこそ、ワークライフバランスが重視されるようになりましたが、当時は、そのような空気は全くなかったのではないかと思います。したがって、悩むことがあるとすれば、自分が担当するプロジェクトについて、自分の力不足でいいアイディアが浮かばないことだったり、気難しい上司との関係だったりといったどの職場でも当たり前にあることであって、残業時間そのものが辛くて悩んだということはほとんどなかったように思います。
また、その超長時間残業の日々も、社会の変化にあわせて、この数年で大きく変わってきました。全ての部署がそうだというつもりはありませんが、近年では、繁忙期を除けば定時で帰宅することもできますし、男性の育児休暇を取得することも(1か月程度取得する人も多い)、子供のお迎えのために早めに退庁することもできます。役所における働き方改革は大きく前進しており、もしかすると民間企業と比べても勝っている面もあるのではないかと思います。
それなりにやりがいのある仕事に携わり、長時間勤務をそんなに苦痛に思わず、働き方改革も進んできているのであれば、辞める理由はないのではないかと思うこともありましたが、それでも、結婚を機に、給与や働き方については欲が出るようになりました。
給与については、国家公務員は現役のときの給与は低いものの、退職金は多く、定年後もいいところに再就職が叶えば、民間のトップ企業に勤めている方々と比較して生涯賃金でもそんなに差はないという声もあると思います。また、最近では、中堅の職員が次々に転職しているため、国家公務員として残った場合にそれなりのポストに就く確率も上がっているかもしれません。ただ、それでも、子育てなどにお金が必要になる現役時代の給与は民間の方がはるかに高く、定年の年齢が引きあがっていく中で、例えば、70歳を超えてから再就職先で大いにお金を得てどうするのか、そもそも、この先、どの程度再就職の道が残されているのか、生涯賃金は民間に行った方が高くなる可能性は高いのではないか、と思いました。
また、仕事はお金ではない、やりがいが大事という意見もあると思います。しかし、私から見ていると、この先、役所の中で、シニアの課長補佐や課長、審議官、局長たちの担当している仕事は、面白そうには見えませんでした。上に行けば行くほど、自分が中心となって事業者の方々と調整をし、プロジェクトを進めていくだとか、マネジメント以外の自分の専門性を鍛えるといった機会はなくなり、ただ、毎日毎日政治家との調整ばかりで、それが好きな人でないとやっていけないように感じました。
さらに、官僚でいる限り、国会待機、大臣の閣議後の会見用の想定問答の作成など、前日の夜にならないと対応の有無もわからない作業と無縁になることはできず、自分が家事をたくさんこなしたいと思っても、なかなか予定通りにいかないこともデメリットだと感じました。
もちろん、転職したからといって、こうした問題点が解決されるわけではないかもしれません。やはり出世すればマネジメントは増えるし、外部の方々との付き合い方も一層考えなければならないし、定年後に楽しい人生になるかはわからないと思います。また、役所ほど、多くの人々に影響を与える仕事はできない可能性も高いと思います。現に、総合商社に入社した知り合いの中にも、転職をした人が何人かいます。そのような中で本当に転職するのが自分の人生にとってよいことなのかどうか、これまで役所にはそれなりに高く評価していただいたこともあり、大変悩みました。
その上で、今回転職を決断したのは、官僚でいるよりも、総合商社の総合職の方が、私自身の場合はポスト指定で入社するので、自分が関心を持てる分野に携わり続けられる可能性が高く、自分が志向する海外経験も役所にいるよりは積みやすそうで、また、役所ほどは国会対応などの無駄と感じられる業務や待機が少ないのではないかと思われ、さらに、給与の面で損する可能性は低いと思われたからです。
転職活動の際には、他にも外資系のトップコンサルティングファームからも内定をいただきました。こちらも、なかなか魅力的な職場だと思いましたが、コンサル業界に転職していった同僚たちの話を聞いていると、自分はコンサル業界でずっと生き残っていけるようなタマではないと思いましたし、また、家事を手伝い、家族を支えたいと思うと、長時間残業にならざるを得ないコンサル業界はベストではないのではないかと思いました。
いろいろと理由をつけて、総合商社に転職することを決めましたが、結局のところ、役所を辞め、コンサル業界ではなく、総合商社の方を選んだ今回の選択が正しかったのかなんて、最後までわかりません。どの道を選んでも、それなりに大変なことはありますし、また、それなりに楽しく生きていくこともできると思います。
正解がわからないからこそ、この先、役所に残っていればよかったとか、コンサルに行けばよかったと思うことのないよう、自分が選んだ総合商社にて精一杯がんばろうと思っています。