東証1部上場 総合電子部品メーカー 海外営業職
大手産業機械メーカー 海外営業本部 海外営業職
(ロシア現地採用→本社採用・ロシア現地法人出向→ロシア現地法人副社長)
仲條 和久 氏 39歳 / 男性
学歴:兵庫県立 洲本高等学校 卒
神戸市外国語大学 外国語学部 ロシア学科 卒
実用英語技能検定 2級
ロシア語(ネイティヴレベル)
高校時代は英語と世界史が得意科目という事もあり、外国語大学へ入学。折角ならマイナーな言語をやってみようという理由でロシア語を専攻しました。学生時代は1年間モスクワの大学に留学し、日本へ戻った後もロシアでの生活が忘れられず「ロシア語を活かせる仕事がしたい、ロシアで働きたい」と考えるようになりました。
海外駐在なら商社よりもメーカーと考え、大学卒業後は電気機器メーカーに就職したものの、当時のロシアはまだ未成熟な市場で、ロシアへの進出はなく、日に日にロシア語を忘れつつある自分に焦り、3年で退職する事になりました。
退社をするきっかけとなったのは、当時、前職である機械メーカーの方から「現地採用という条件でロシア勤務がある」と聞き、まだ独身で若かった私はロシアへ行きたい一心で何の躊躇いもなくそのお話を受ける事にしたからです。
現地採用として転職後、約1年半後に本社採用・ロシア現地法人出向扱いへと切り替わり、今日に至るまで14年間勤務。広大なロシア全土の販売店を、新規顧客開拓も含めとにかく動き回る事からスタートしました。最終的には現地法人の副社長として、社内管理に至るまで幅広い業務に携われたのは私にとって大変貴重な実務経験でした。またロシア語能力が飛躍的に向上出来たのも大きな武器となりました。
現地で家庭を築き、このままロシアに骨を埋めるつもりでした。しかしながら、そんな矢先に会社が外資系ファンドにより買収され、海外駐在員(邦人)全員帰任という方針が打ち出されました。段階的に帰任が始まり、帰任後はロシア関連事業に携われなくなる事から、やむを得ず2回目の転職を決意しました。
転職をしなければいけないという危機感を抱く一方で「ロシアでギリギリまで勤務したい」という自問自答を続けながら、先ずは複数の人材紹介会社に登録。ロシア駐在の可能性がある求人案件、駐在ができなくても海外営業等でロシア関連の求人案件、現地採用等、、、、、ロシアに関われるであろうあらゆる求人案件を紹介している人材紹介会社をリサーチしました。その中で真っ先にご連絡を頂いたのが(株)エリートネットワークの転職カウンセラーの黒澤様でした。
その際にご紹介頂いた求人案件が、現職となる東証一部上場の大手電子部品メーカーの「ロシアを含む海外営業」でした。しかし、その時は転職を検討し始めたばかりで、帰任指示の出ない間は出来るだけロシアに居たい気持ちと、無責任に沢山の業務を放り投げるのも心苦しかったため、一旦お話を頓挫させてしまいました。そして、自分の気持ちに完全に整理を付ける、やるべき業務を先ずは片づける、初めての日本生活となる妻とよく話し合う、等が先決だと判断しました。
それから約半年が経ち、1年以内での帰任が決定的となりました。同時に会社の将来にも強い不安を感じたため(帰任よりもむしろ会社自体の不安定性の方が転職への主因となりました……)再び黒澤様へ連絡。「もう、あの時の求人案件は無いだろうなあ」と思いながら問い合わせたところ、当時頓挫させてしまった求人案件がまだ残っていると聞き、直ぐ応募しました。面接のためだけにロシアから日本へ飛び、そのままトントン拍子で内定を頂きました。
2回目の転職とはいえ、前回は現地採用で転職活動らしい活動はしておらず、実質これが初めての転職でした。何からどう始めて良いか分からず、不安だらけで、黒澤様には分からない事を何でも質問させて頂きました。
首尾よく第一志望で内定を頂いたため、正直、転職活動において大きな苦労はしておらず、あまりアドバイス出来る事はありません。ですが、面接では良い意味で開き直って、あるがままの自分を見てもらおうと考えました。(これは個人差、会社により差があるので一概には言えませんが。)
面接では、普段の私の業務に関する質問が多かったものの、前職の立場上、普段の仕事の中で現地法人に関する会社概要や業務内容・流れについて散々説明する機会があったのが幸いしました。自分の業務をしっかり把握し、ポイントを整理して話し慣れておくのが大切だと思います。
これから日本で第二の人生がスタートします。14年間のロシア駐在経験を存分に発揮出来るよう、精一杯頑張りたい所存です。
最後になりましたが、強力なサポートを賜りました(株)エリートネットワーク様、黒澤様には改めて深謝申し上げます。有難う御座いました。