一部上場 大手計器・油空圧機器・流体機器メーカー 設備機器システム設計・開発技術者
一部上場 大手防災機器メーカー 施工管理技術者
高倉 利忠 氏 26歳 / 男性
学歴:埼玉県立 熊谷西高等学校 卒
東洋大学 理工学部 機械工学科 卒
消防設備士 甲種4類
消防設備士 乙種6類
私は大学時代、理系の学科に入学した影響もあり、将来は “モノづくり” で社会に貢献できるようになりたいと考えていました。
機械工学科ということで、周りの友人たちには、完成品とまではいかなくても自動車等の部品メーカーへの就職を目指す人が多くいました。
その中で私は、皆と同じ道に行くことも考えましたが、完成品への強いこだわりと怖いもの見たさで、多少ニッチな業界ではありましたが防災設備業界の大手メーカーに就職をしました。
他にも内定していたメーカーはありましたが、会社の規模や年収等を比較しても問題ないと当時の私は判断していました。今思えば、もう少し深く企業研究や自己分析をしたほうが良かったと感じます。
入社した私は当初、研究開発や製造を担う部署に興味がありました。面接時からモノづくりで会社に貢献したいと公言していたので、全国型総合職ではありましたが研究開発や製造系の部署に配属されると考えていました。
しかし研修に入ってみると、思いのほか製造系の部署に魅力を感じませんでした。何故かというと、研修を通じて、工場や開発研究所の雰囲気があまり良くないと感じていたからです。また部署の説明も曖昧で、やっている業務内容にしっくりこなかったのです。「本当に私はこの仕事がしたいのだろうか」と疑心暗鬼になっていました。
さらに当時の同期は理系院卒が多めに採用されており、研究開発や製造側への配属は恐らく院生が優先される。そう感じていました。
部署が紹介される中で私は新たに、システムエンジニアリング部(SE部)という部署に興味を持ちました。その部署は営業部門と製造・研究部門の中間に位置し、「営業側の技術支援を行う」という部隊でした。理系の私は、モノづくりに直接関わらずとも製品知識に触れられるその部署に魅力を感じ、配属面談でその部署を志望しました。
入社した会社はメーカーとは謳っているが、開発・製造・販売・設計・施工と一貫体制をとっていたこともあり部署数は多岐にわたっていたため、総合職の私たちの配属先は、保証されるものではありませんでした。運良く私は希望通りSE部に配属となりましたが、同期の中では全く希望していなかった部署に配属されてしまう方も多くいました。
配属後の私の業務内容は多岐にわたるものでした。
営業系の技術部門ということで、営業や施工の方から製品に対する問い合わせを受けるほか、新入社員教育や社員向け新製品の説明、現場の施工業務応援など、様々な業務を経験できました。
その中でも多くの割合を占めていたのが現場の施工業務応援でした。
私の部署は現場サイドで人手が足りなくなった時、応援の依頼を受ける部署でもあり、現場経験を積むため若手社員が現場に出張し、施工業務を覚えていく風潮がありました。新卒の私も例外ではなく、配属されてすぐに出張応援に行きました。大学時代に勉強していたものとは全く別分野の業務内容に最初は戸惑っていましたが、出張を繰り返す中で徐々に慣れていきました。出張中は施工業務を行っていたので業務量が多く、かなりの残業をしていました。しかし出張が終わるとデスクワークに戻り残業は一切なし。まるでジェットコースターのような労働環境の変化がありました。
自分の中では薄々、「施工管理部に異動になったら大変だな」と考えていました。施工管理部では今まで私が出張でやってきた業務をメインでこなす必要があり、自社製品の取り付けを建築現場で行う際の工程・安全管理等の施工業務を行う部署でした。
しかし、入社して2年目の終わりに私は異動を命じられます。そう、「施工管理部」への異動でした。
3年目から東京支店の施工管理部に配属となった私は、これまで以上に仕事に割く時間が多くなりました。
ほぼ毎日残業し、帰宅しては寝るだけの生活を送っていました。また職種柄、夜間対応もしなければいけないため、昼も夜も働き寝る時間がないこともありました。しかし当時の私は「周りも同じように頑張っている」と感じて、一生懸命業務をこなしていました。
しかし、それはただこなしているだけ。仕事に対してのやりがいや意欲が失われつつありました。この時から将来に対する漠然とした疑問を感じるようになり「このままで良いのだろうか?」と思い始めたのです。
そんな中、また同期が辞めるとの連絡がありました。実はこの時、すでに約半数の同期が会社を辞めていました。私はSE部時代に出張先の支店支社で多くの人が辞めていくのを見ていました。時には出張先にいた同期が辞めるのを送り出す側になったこともありました。ゆく先々で人が辞めるので私はその度に悲しい気持ちになりました。
SE部の自分はまだ現地の施工担当者ほどの負荷は背負っていないと考えていたため、もう少し会社を続けてみようと決めていました。しかし、いざ施工担当者を続けてみると、辞めていった同期と同じように労働環境に不安を抱くようになり、いずれは転職しようと決心しました。入社4年目の後半になり、施工担当にも慣れて数多くの案件を任されるようにもなりましたが、上司や先輩方を見ても本当に仕事ばかりになっていて、役職がついたところでこの状況は変わらないと感じました。私はこのままではいけないと思い、自分から変わること、転職をすることを決めたのです。
転職を決めていざ活動を行うにも、時間が無さ過ぎました。日々の業務量に押しつぶされてそれどころではなくなってしまいそうでした。
しかし、何とか時間を作って転職サイトに登録し求人を探しても、自分の納得するような求人は見つかりませんでした。
そんな私の状況を察した先に会社を辞めた元同僚から、本当に転職する気があるなら、と(株)エリートネットワークの転職カウンセラーである高橋様を紹介していただきました。
高橋様は、転職活動自体が初めてで活動する時間も限られている私に対して、的確で分かりやすい指導をして下さいました。
転職する上で私はワークライフバランスの両立・自分の成長できる環境を優先して企業探しをしていました。
簡単な職務経歴書と履歴書を高橋様に提出し高橋様とのカウンセリングの中で希望に合う企業を紹介され、とある一社の面接を受けることになりました。前職での経験を活かすことができ、ワークライフバランスを保てるといった内容の防災設備事業におけるシステム設計または開発職というものでした。
面接を受けることになったのは良かったのですが、転職活動の面接というのは初めてで一体どんなことを聞かれるのだろうかと、内心不安と焦りがありました。しかし、仕事はその間に繁忙期を迎え、十分な面接対策をとることはできませんでした。
高橋様からは「自然体でありのままをお話し下さい」とアドバイスを受け、楽観思想の私も「なんとかなる」と思い込んでいざ面接の日を迎えました。
最初は新卒時以来の面接ということであまりうまくしゃべれなかったのを覚えています。時間が経つにつれて、新卒の時の面接感覚を思い出し、想い通りに話をすることができました。
「自然体でありのまま」ということだけを意識した面接は、私の中で「言いたいことは言った」と思える形で終えることができました。
後日1次面接は無事通過との連絡を高橋様から頂き、面接官からも好評だった旨を伝えられました。私はありのままを話していただけなのでそのような評価が頂けるとは思っていませんでした。次の役員面接が最終面接で、もう少し具体的な質問が出てくるということでした。
最終面接に向けて何か特別な対策は行いませんでしたが、自分らしく飾らずに行こうと考えていました。そして最終面接の日を迎えました。
最終面接は当たって砕けろといった感じで、気負いせず、「ダメでもまた次を探そう」という心構えで臨みました。1次面接の時よりも落ち着いて自分の話ができたと感じました。
最終面接が終わった後は話疲れを感じるくらいやり切った感がありました。
この時私は合否をあまり気にしていませんでした。というのも、あろうことか私は最終面接の時間に遅れてしまったのです。仕事の影響と電車遅延が重なってしまったとはいえ、最終面接に遅れるなんてあり得ないと感じていた私は不合格でも仕方がないと思っていました。
新たに面接を受ける会社を探そうと考えていた数日後、高橋様から私が最終面接に合格したという連絡を受けました。内心不合格だろうと思っていたところで意表を突かれたので、当初は電話越しの高橋様に素直に喜びを表現できなかったことを覚えています。転職活動を本格的に開始してから、わずか3か月で内定を頂けたことに驚きました。
内定を承諾し、退職の手続きに悩んでいた私に、高橋様からは会社の辞め方をご教示頂きました。初めての転職だったので、このようなアドバイスまで受けられたことも嬉しかったです。
今回の転職活動において、反省すべき点があるとすれば、受動的になり過ぎた点だと考えます。私は「こんなに簡単に転職が決まって良いのか」と感じました。企業探しから内定までの相手企業とのやり取り等、時間のない私に代わって高橋様は迅速で無駄なく対応して下さいました。言われるがまま転職活動が進んでいったのです。
そう感じることができたのも高橋様からの手厚いサポートのお蔭だと思います。しかし、転職をして良かったかどうかを決めるのは自分の努力次第だとも考えています。
私は前職で多くの経験を積ませていただきました。大学時代には想像もしていなかった仕事でしたが、施工管理の仕事を通じて対人能力、折衝能力等を養うことができたと感じております。転職先では前職での経験を生かして、この転職活動が本当に報われるよう日々精進してまいりたいと考えております。
改めて、私を社会人として4年間育ててくれた前職の皆様と転職活動をサポートしていただいた高橋様に対し、御礼を申し上げたいと思います。